尾形 俊太郎(おがた しゅんたろう)
新選組で副長助勤・諸士取調兼監察・文学師範などを務めた隊士です。
原田 左之助(はらだ さのすけ)
幕末に新選組隊士(副長助勤)として活躍した人物です。
鈴木 三樹三郎(すずき みきさぶろう)
幕末の新選組隊士で、九番隊組長を務めた人物です。
藤堂 平助(とうどう へいすけ)
新選組の八番隊組長として知られる幕末の武士です。
谷 三十郎(たに さんじゅうろう)
新選組隊士として活動し、七番隊(七番組)組長を務めたとされる人物です。
井上 源三郎(いのうえ げんざぶろう)
新選組の六番隊組長として知られる幕末の人物です。
武田 観柳斎(たけだ かんりゅうさい)
新選組の五番隊組長として活動した隊士です。
松原 忠司(まつばら ちゅうじ)
新選組隊士で、四番隊組長および柔術師範を務めた人物です。「坊主頭に白鉢巻・大薙刀」という姿から「今弁慶」の異名を取ったと伝わります。
斎藤 一(さいとう はじめ)
幕末の新選組隊士で、三番隊組長として知られる人物です。維新後は「藤田五郎(ふじた ごろう)」と改名し、警視庁に勤務した経歴が広く知られています。
永倉 新八(ながくら しんぱち)
幕末の武士で、新選組隊士として二番隊組長・撃剣師範を務めた人物です。
伊東 甲子太郎(いとう かしたろう)
幕末に新選組の参謀(兼・文学師範)として活動した人物です。京都・油小路で暗殺されました(油小路事件)
新見 錦(にいみ にしき)
新選組(壬生浪士組)の草創期に「局長格」として名が挙がる人物です。文久3年(1863年)9月ごろに切腹を命じられて死亡したとされます。
芹沢 鴨(せりざわ かも)
新選組(壬生浪士組)の草創期を率いた筆頭局長(頭取)として知られる水戸藩浪士。文久3年(1863年)に壬生の八木邸で粛清(暗殺)。
高杉 晋作(たかすぎ しんさく)
長州藩の志士。松下村塾で学び、文久3年(1863)に身分を問わず募った部隊「奇兵隊」を結成したことで知られる。
吉田 松陰(よしだ しょういん)
長州藩の志士・思想家。松下村塾で多くの門下生を育て、維新の原動力となる人材を輩出した。
木戸 孝允(きど たかよし)
長州藩(毛利藩)の志士で、桂小五郎としても知られる幕末の中心人物。
西郷 隆盛(さいごう たかもり)
薩摩藩の下級藩士から身を起こし、倒幕・新政府樹立の中心で活動した人物。
勝 海舟(かつ かいしゅう)
幕府の海軍・軍制改革に関わった幕臣。蘭学・西洋兵学を学び、咸臨丸の艦長として渡米したことでも知られる。
岡田 以蔵(おかだ いぞう)
土佐勤王党に加盟し、京都で「天誅」と称した暗殺に関与したとされることで知られる。
武市 瑞山 / 半平太(たけち ずいざん / はんぺいた)
武市瑞山(たけち ずいざん)は、土佐勤王党を結成し、その盟主として活動した幕末の志士です。
中岡 慎太郎
土佐出身の志士。土佐勤王党に関わり、のちに脱藩して倒幕運動へ。
坂本 龍馬(さかもとりょうま)
土佐藩出身の志士。長崎で亀山社中を率い、のちに海援隊(隊長)として海上輸送・貿易などの活動を展開。
近藤 周助(こんどう しゅうすけ)
天然理心流(三代目宗家)として知られる剣術家。江戸・市谷に道場「試衛館」を開き、多くの門人を育てた。
山南 敬助(やまなみ けいすけ)
新選組の幹部として知られる幕末の人物です。当初は副長格として運営を支え、のちに総長として近藤勇の参謀役に近い立場を担ったとされます。
沖田 総司(おきた そうじ)
新選組一番隊組長。天然理心流・試衛館の剣士として頭角を現し、隊内でも屈指の剣の使い手と伝わる。
土方 歳三(ひじかた としぞう)
新選組副長。「鬼の副長」とも呼ばれ、隊の規律を徹底しながら近藤勇を支えた中心人物。戊辰戦争では各地を転戦し、箱館戦争(五稜郭の戦い)で戦死した。
近藤 勇(こんどう いさみ)
新選組局長。天然理心流の剣士として、京都の治安維持を担った新選組の中心人物。池田屋事件などで名を上げるも、戊辰戦争で敗れ、慶応4年(1868年)に板橋で斬首された。










